和食

日本の食文化、つまり「和食」は、現在ユネスコの無形文化遺産に登録されています。つまり今や「和食」は人類共有の財産として認められ、その価値を後世へと引き継いでいく必要があるのです。そのためには新たな「和食」を想像する必要もあり、そのような取り組みも既におこなわれています。 和食文化継承と創造の取り組み そういった取り組みの中の幾つかを、ここで紹介していきます。 ユネスコの無形文化遺産登録後に農林水産省は、学校に和食料理人を派遣し出前授業のようなものをおこなったり、和食文化継承のための栄養教諭育成などに取り組んでいます。 日本政府は日本食の新しいあり方として、海外の現地食との融合というものを考えています。それは日本食の世界的な普及においても、非常に重要な点です。政府がおこなう在日外国人との食文化交流イベントは、そういった新しい食創造を期待している面もあるのです。

綴プロジェクト

綴プロジェクト(正式名称は文化財未来継承プロジェクト)とは、高精細複製品を作成することで日本の貴重な文化財を未来に継承する取り組みです。 日本の文化財の中には保存などの問題で傷みやすい状態にあり、鑑賞の機会が限られている作品があります。また、海外にわたってしまい、日本人が鑑賞する機会が限られてしまったものもあります。 そういった作品たちを、最先端のデジタル技術と京都の伝統工芸の技を融合することで初めて可能となった高精細複製品として制作し、これを活用することで文化財を未来に継承しようというのが、綴プロジェクトの試みです。 キャノンと京都文化協会  このプロジェクトは、キャノンと京都文化協会が協力しておこなっています。キャノンが最新の技術によって取り込んだ文化財を印刷。それをもとに、京都の職人たちが文化財の複製を作成するのです。

七五三

日本の伝統行事の1つである七五三は、子供の成長を祝うものとして執り行われます。しかし、意外とその由来などについてはあまり知られていません。そこで、こちらの記事で、詳しく紹介していきたいと思います。 平安時代の行事が起源  七五三の起源は、平安時代にまで遡ります。当時3歳の子供は髪を伸ばし始める「髪置きの儀」を、5から7歳の子供は初めて袴をつける「袴着の儀」というものを執り行っていました。これらの儀式が年を経て、明治時代に今の様な形となったのです。 七五三をおこなう意味  医療が発達していなかった過去の時代において、幼少期の子供が死ぬ確立は、今とは比べ物にならないほど高かったといわれています。その死亡率が高かった7歳頃までは、子供の成長を祝い、また今後の健康を祈って、七五三という儀式をおこなっていたのです。現在の七五三は、その名残りで続いているというわけです。